脊髄損傷後に起こる痛みには主に2つのタイプがあり、これらは、全く異なるものです。
1つ目は急性疼痛で、損傷後すぐに生じます。
例えば手術に際し、多くの患者さんがこの痛みを経験します。
そして2つ目が慢性疼痛で、これは通常3カ月から6カ月以上持続する痛みです。
慢性疼痛が急性疼痛と異なる重要なポイントは、損傷を受けた部分が正常な治癒過程を経た後にも、痛みが起こりうるということです。
2つのタイプの疼痛は発生のメカニズムがかなり異なっているため、それぞれ別のものとして扱っているわけです。
それは、それぞれの痛みで全く異なった治療が必要になることを意味します。
したがって、痛みを訴える患者さんの診療では、慢性疼痛か急性疼痛かを区別することが必要です。
治療方針が変わってきますので、患者さんの状態を評価し、起こっている痛みの種類を判断することがとても重要なのです。
痛みには、様々なタイプがあります。
一つは、筋肉、腱、関節、靭帯に炎症、損傷または緊張が起きた場合に発生する筋骨格痛です。
脊髄損傷では、脊髄の損傷部位より下の方で筋骨格痛を経験する患者さんもいますが、
そうなった場合には、通常とは全く異なる感じ方になることがあります。
まず、損傷部位より上の方で生じる筋骨格痛でみられる典型的な特徴が認められないことがあります。
また、痛みを感じられない患者さんや、正確に説明できない患者さんもいます。
しかしそのような場合でも、けいれんの増加や場合によっては神経障害性疼痛の増加など、他の現象には気づくことがあります。
脊髄損傷後の痛みのうち、他の主要なタイプの一つに内臓痛と呼ばれるものがあります。
これは基本的に、消化管やその他の内蔵に生じた炎症や損傷に起因する痛みです。
また、他にみられるタイプの痛みとして、神経障害性疼痛があり、脊髄損傷の後には、非常に高い頻度で発生します。
脊髄損傷後の神経障害性疼痛は、他のタイプの痛みとは大きく異なり、先ほどお話しした筋骨格痛や内臓痛とは全く異なっています。
これについては、これまで長い間、何が起こっているのか解明されていませんでした。
脊髄損傷を負って損傷部位より下の感覚がなくなった人が、その領域に痛みを経験するというのは、一体どういうことなのでしょうか。
長い間、一部のケースでは医療の専門家でさえも、患者さんが本当に痛みを経験しているのか疑うこともありました。
しかし、過去20年から10年の間に脊髄損傷後の疼痛について多くの関心が集まり、研究が進みました。
おかげで、私たちは何が起こっているのかを説明できるようになってきました。
脊髄損傷部位の近くにある神経にも損傷が起きることは分かっていましたが、脊髄損傷後に神経障害性疼痛が引き起こされる最大の原因は損傷を受けた脊髄自体にあることが、現在では判明しています。
そして脊髄損傷後には、いくつかの変化が起こると考えられています。
脊髄内には、「抑制性ニューロン」と呼ばれる非常に小さな細胞があり、これらは正常な場合、脊髄を通って脳に伝達される情報をブロックしています。
つまり私たちの脊髄には、脳に向かって上がっていく情報を選択して通過させることのできる自然のゲートが備わっているのです。
これらの小さな抑制性ニューロンが損傷すると、ゲートが開いたままになり、ある意味では必要以上のメッセージが脊髄から脳に伝達されるようになります。
そうして脊髄が情報に敏感になり、より痛みを感じやすくなってしまいます。
極端な例では、軽い接触、例えばシーツなどが肌に触れただけでも痛みが引き起こされることがあります。
これは、脊髄を上がっていくメッセージの伝達システムに異常が発生していることが原因です。
このゲートの故障により、痛みが増幅され、そのボリュームが上がってしまうのです。
これは体が自らを修復し、治そうとして起きるものですが、実際には痛みの発生につながるような誤配線が起こることがあるようです。
さらに現在では、脊髄損傷後には脊髄だけでなく、脳にも変化が起きることが分かっています。
実際に脳は、正常では脊髄から上がってくるはずの情報の不足にうまく適応しようとします。
また脳は常に変化し、それは脳の可塑性と呼ばれています。
脊髄から正常に上がってこない情報があるのであれば、脳は実際に、機能を再編成し、変化させます。
問題は、この再編成が起こると、痛みが引き起こされるらしいということです。
しかし、たとえ脊髄損傷後であっても、ゲートの働きやボリューム調整の原理を利用することは可能です。
先ほど触れたように、脊髄損傷後には、脊髄と脳でゲートをコントロールしている小さな抑制性ニューロンが損傷を受けます。
そして、脊髄損傷後、ゲートをコントロールする抑制システムの一部は重大な損傷を負ったままとなります。
そしてこれらの変化とこの損傷により、痛みのメッセージが生成されたり、脊髄を上がっていくメッセージが増幅されたりする可能性があります。
しかし、コントロールという点では、幸運なことに、これらのゲートは、脊髄と脳の両方に存在しています。
つまり、たとえ脊髄のゲートが損傷を受けたとしても、まだ脳にあるゲートによって脳に上がってくる情報量と痛みのボリュームをコントロールできるのです。
疼痛を管理する上でさらに重要な点は、脊髄損傷の程度やタイプにかかわらず、ゲートを閉じるのに役立つシンプルな手段がいくつか存在するということです。
痛みに対する脳と脊髄の仕組みについては、他にも非常に有用な情報があり、ゲートの仕組みについても学ぶことができます。
ウェブサイトの別のセクション、「みんなのために」の中の「痛みの紹介」を見ていただければ、こういった仕組みの一部についてさらに学ぶことができます。
以前は神経系は固定されたシステムであると考えられていました。
つまり、神経系はメッセージをA地点からB地点に伝える電線のようなものだと考えられていたのです。
しかし現在では、脊髄と脳は可塑的で、痛みや脊髄損傷によって変化するものであるということが分かっています。
痛みや脊髄損傷によって、あるいは、入るメッセージに従って神経系は変化することを意味しています。
つまり・・・脊髄損傷後疼痛は、脊髄損傷の結果として一次的に起こるものではなく、神経系の可塑的変化によって起こる二次的なものだということです。
それが何を意味するかというと、脊髄損傷をきっかけにして、痛みを増すような変化が、脳や脊髄中で起こることがあるということです。
しかし幸いなことに、これらの変化の一部は元に戻すことができます。
それらは固定されておらず柔軟です。
脳は可塑的に変化できる可能性を保っています。
つまり、脳を再訓練し、一部の可塑的な変化を元に戻すためにできることがあるということで、このことを知っていると痛みの治療に役立ちます。
神経の可塑性とゲートについてお話してきましたが、喜ばしいことに、現在では状況に応じたさまざまな薬が使用できるようになっており、また、脊髄損傷後にゲートを閉じることにより、興奮しやすくなった脊髄の神経を鎮めるような手法もあります。
私たちは痛みを軽減できるのです。
また、疼痛の自己管理に役立つさまざまな対処法や技術を学ぶこともできます。
それらの方法では、身体に本来備わっている自然治癒力を最大限に活用します。
1つの方法を試すだけではうまくいかないでしょう。
これらの対処方法は、それぞれターゲットが異なりますので、最大の効果を得るためには、全てを組み合わせて使用していくことが重要です。
痛みに対処するためのツールボックスに必ず入れておくべきものとして、例えば薬は、損傷した神経と脊髄の過敏性を和らげてくれます。
また運動やストレッチも必要でしょう。
運動やストレッチは、筋肉のこわばりを緩和し、可動域を広げるのに役立ちます。
また、脳と脊髄にはエンドルフィンと呼ばれる天然のモルヒネが存在しますが、これは痛みの解除という点で非常に重要で・・、この物質は運動に反応して分泌されます。
前向きな思考も、脳の再訓練に役立つことが分かっています。
そして、瞑想法やリラクゼーション法。
これらの手法は、ゲートを閉じ、痛みのメッセージのボリュームを下げるための身体の能力を最適化する方策となります。
また、疼痛管理には休息、リラックスおよび睡眠が非常に重要であることも分かっています。
睡眠不足により痛みが増大する可能性があるので、よい睡眠がとれるようにすることが重要です。
日々の活動で痛みが悪化しないよう、「ペース計画」を決めて、活動を細かく区切るようにするのもよいでしょう。
何か目標を設定し、それらをどう達成していくかを考えてみるのもよい方法です。
そして、「痛みの発作(フレアーアップ)時の対応プラン」を用意しておくこと。
これは、痛みが通常よりもひどくなったときのための対処法です。
疼痛管理のために、いくつかの技法や手段をもっているのは素晴らしいことですが、辛抱強く、粘り強くあることもとても大切です。
これらの手法を活かすためには、少し練習が必要で、効果が表れるまでにしばらく時間がかかります。
変化は一夜にして起こるものではありません。
生活に取り入れ、定期的に実践することが重要で、しばらくすれば効果を感じ、楽しく感じるようになるでしょう。
痛みは非常に複雑なものであるため、他の人にも一部の手法を学んでもらうことや、あなたのための強力なチームを結成することが役立つかもしれません。
かかりつけ医(GP)、ケースマネージャー、各種の専門医などがチームのメンバーに加わるとよいでしょう。
ウェブサイトにアクセスし、「私のヘルスプラン」をダウンロードして、役立ててください。
「私のヘルスプラン」は担当の医療チームと共有し、あなたのケアに関わる全ての人とのコミュニケーションの中心となるツールとして活用してください。