Topic No.138痛みの予測が対象物との距離知覚を歪ませる
The close proximity of threat: altered distance perception in the anticipation of pain.
Tabor A. et al. Front Psychol. 2015 May 13;6:626.
要約
背景/目的:
対象物に手を伸ばして掴む(到達‐把握運動)というプロセスを遂行することは,我々が日常生活を送る上で必要不可欠なものである.複合性局所疼痛症候群では,対象物への到達‐把握運動に障害が生じることが明らかにされている.そして,到達‐把握運動の障害は空間知覚の歪みによって生じることも明らかにされている.しかしながら,なぜ複合性局所疼痛症候群などの難治性疼痛患者に空間知覚障害が生じるのかは未だに明らかにされていない.本研究は「痛みに対する恐怖」という心理的要素に着目し,「痛みに対する恐怖」が空間知覚を歪ませるかどうかを実験的に検証したものである.
方法:
健常成人18名に対して,以下の手順の実験を実施した.
[痛みに対する恐怖条件]
様々な場所に置かれているスイッチが赤色に点灯した後,3秒以内に「自分の身体からスイッチまで何センチ離れていますか?」という問いに口頭で答えた後に,スイッチまで手を伸ばしてスイッチを押すように指示される.
スイッチを押すと同時に5秒間の痛みが身体に与えられるように設定されており,この実験手順によって,「痛みに対する恐怖」を感じている時に,身体とスイッチとの間の距離を正確に知覚できるかどうかを計測している.
[痛み軽減条件]
痛み刺激が与えられている際に,青色に点灯しているスイッチを押すことによって,痛み刺激が解除されるように設定されており,この手順によって「痛み軽減」を予測(期待)している心理状態が実験的に再現されている.そして,スイッチを押す前に「自分の身体からスイッチまでの距離」が何センチなのかを口頭で答えてもらうことによって,「痛み軽減を期待」している時の身体とスイッチとの間の距離を正確に知覚できるかどうかを計測している.
[コントロール条件]
痛みは与えずに,赤もしくは青色に光るスイッチと自分の身体との距離を口頭で何センチかを答えさせた.
結果:
「痛みに対する恐怖」を感じている時の方が,「痛み軽減を期待」している時よりも,スイッチが自分の身体に近くにあると知覚しているという結果が得られた.
コメント
本研究は,「痛みに対する恐怖」といった心理的要素が外部空間と身体との距離知覚を変化させるという報告である.
過去の研究でも,幻肢痛や複合性局所疼痛症候群で空間知覚障害が生じること報告されているが,なぜ空間知覚障害が生じるのかは明らかにされていなかった.それに対して,本研究は「痛みに対する恐怖心が空間知覚を歪ませる」ということを実験的に明らかにしたことに新規性がある.難治性疼痛患者の運動障害(到達運動障害など)の改善には,その背景にある空間知覚障害を捉えることや,それをもたらす心理的要因を考慮しながら運動療法を実施することが望ましいことが示唆される.
ホームページ担当委員:大住 倫弘