Topic No.71線維筋痛症における身体活動と痛み刺激に対する脳の反応性
The relationship between physical activity and brain responses to pain in fibromyalgia.
McLoughlin MJ, et al. J Pain. 2011 Jun;12(6):640-51.
要約
背景/目的:
線維筋痛症(Fibromyalgia: FM)を呈した患者は,痛みの増悪に対する恐怖心が原因で,運動に対して非常に消極的である.それに伴って,身体の活動量が低下し,FMの症状のさらなる増悪を引き起こすと考えられている.一方,FM患者に対する運動療法は効果的な治療手段の1つとして知られており,身体活動レベルが向上するとFMに関する様々な症状が改善すると報告されている.しかしながら,これらの現象の神経科学的な根拠は報告されていない.今回の実験では,FM患者の身体の活動量と痛みとの関係,およびそれに関連する中枢神経メカニズムの解明をfMRIにて行った.
方法:
対象は16人のFM患者と18人の健常成人(コントロール群)である.
1週間の活動量と,痛み刺激を与えた時の脳活動を測定し,それらの関係を解析した.また活動量は,自己評価によるもの(International Physical Activity Questionnaire)と,客観的評価によるもの(ActiGraph CT1M accelerometer)で測定された.痛み刺激は熱刺激によって与えられた.
結果:
身体の活動量が多い者ほど,痛み刺激が繰り返された時の痛みの慣れが大きく生じた.
FM群では,自己評価に基づく活動量と,痛み刺激を与えた時の左右背外側前頭前野・左後部帯状回・右島皮質の活動との間に正の相関関係が認められた.また,左体性感覚野・左上頭頂葉の活動との間には負の相関関係が認められた.
コントロール群では,客観的評価に基づく活動量と,右外側前頭前野・中部帯状回・後部島皮質の活動との間に正の相関関係が認められた.また,体性感覚野・上頭頂葉の活動との間には負の相関関係が認められた.
また,FM群を活動性の高い者と低い者に分けて比較検討したところ,活動量が多い者の方が,痛み刺激を与えた時の左外側前頭前野・後部島皮質の活動が高かった.
考察:
FM群は,「自己評価による」活動量と,前頭前野外側部・帯状回・島皮質との間に正の相関関係が認められた.それに対して,コントロール群ではそれらの領域と「客観的な」活動量との間に正の相関関係が認められた.前頭前野外側部は,注意やワーキングメモリなどの認知機能を担っている領域で,痛みをトップダウンに抑制する領域として知られている.今回の実験でも,身体活動量が多い者は,痛み刺激を与えた時の前頭前野外側部の活動が高く,痛みに慣れやすかったことから,前頭前野外側部が痛みを抑制するように機能したと考えられる.一方で,帯状回や島皮質は痛みをコード化している領域であると知られているが,近年のプラセボ研究などによって,痛みを抑制する脳領域としての役割も担っていると考えられている.今回の実験結果でも,日常での身体活動量が多い者ほど,帯状回や島皮質の活動が高かったことから,痛み刺激を与えた時に痛みを抑制する脳領域の活性化が生じたということが考えられる.
コメント
身体の活動性が,痛みの感じ方に影響を与えることはよく知られていたが,この研究ではそれを神経科学的手法で示したことに意義があると考える. 本論文の考察ではあまり触れられてはいなかったが,FM群では「自己評価に基づく」身体の活動量のみに,痛みを抑制する脳領域の活動との正の相関関係が認めらたことに臨床的意義が感じられる.つまり,慢性痛患者に対して,「客観的な活動量」を増大させたとしても痛みを抑制する脳領域の活動は変化しない危険性があるということである. そのため,FMのような慢性痛患者に関しては,「自身の身体活動量が増大した」という自覚に伴う自己効力感など,何らかの心理的変化や認知的変化が必要であると考える.
ホームページ担当委員:大住 倫弘