Topic No.155定期的な身体活動が慢性痛と中枢神経活性を予防する
Regular physical activity prevents development of chronic pain and activation of central neurons
Sluka KA, et al. J Appl Physiol. 2013; 114: 725–733
要約
目的:
慢性運動器疼痛は大きな健康問題であり,身体活動の開始(運動の導入)時に痛みを生じやすい。定期的な身体活動は様々な慢性疾患に対し予防的に作用するが,慢性痛の発症にどのような影響を及ぼすかは不明である。そこで本研究では,マウス(雄性C57BL/6)を用いてによる身体活動を5日間または8週間行わせ,非活動マウスとで疼痛反射行動と吻側延髄腹内側部(RVM,運動による疼痛緩和や慢性筋痛に関与)のグルタミン酸受容体のリン酸化について比較検討した。
方法/デザイン:
1.定期的な身体活動(運動)
ケージ内のランニングホイール走行を5日間または8週間。
2.疼痛モデル作成
1)慢性筋痛モデル:高張食塩水(pH 4.0)を一側腓腹筋に5日間隔で2回注射。
炎症や組織損傷を起こさずに足底と腓腹筋のメカニカル感作を誘発し,その感作はRVMでのグルタミン酸受容体を含む中枢神経系の変化によって持続することから,慢性筋痛モデルとして使用。
2)運動痛(運動による筋痛)モデル:2時間の疲労運動課題(自由速度でホイール走行)と運動直後に低用量起炎剤0.03%カラゲニンの一側腓腹筋への1回注射の組み合わせ。
2時間の運動では筋に炎症と痛覚過敏は生じず,むしろ足底に二次的なメカニカル感作が生じる。その運動直後に0.03%カラゲニン筋注を行うことで,筋に軽度の炎症とメカニカル感作が生じるため,運動痛モデルとして使用。
3)急性筋痛(急性筋炎)モデル:3%カラゲニンを一側腓腹筋に1回注射。
筋と足底の両方に重篤な炎症とともに感作を起こすことから,急性筋痛(炎症性疼痛)モデルとして使用。
(評価)
1)行動学的評価
侵害刺激に対する腓腹筋の逃避反射閾値と足底の逃避反射回数(0.4mNのvon Frey filamentで10回刺激)
2)免疫組織化学的評価
RVMのNMDA受容体NR1サブユニットにおけるリン酸化
結果:
1)行動学的評価
8週間の身体活動により筋痛発症72時間後まで筋の逃避反射閾値低下と足底の逃避反射回数増加が抑制された。5日間または8週間の両活動により運動痛発症72時間後まで足底の逃避反射回数増加を抑制した。また,非活動マウスではこれらの痛覚過敏抑制効果は認められなかった。
2)免疫組織化学的評価
非活動マウスではNR1リン酸化ニューロンの発現が有意に増加した。一方,5日間または8週間ホイール走行させた活動マウスではその発現は抑えられた。
考察:
定期的な身体活動は,慢性筋痛と運動痛の発生を予防したが急性(炎症性)筋痛の発生抑止には効果がなかったことから,非炎症(非損傷)性の疼痛発生を予防する効果を有することが示唆された。また,定期的な身体活動により中枢神経系(RVM)のNMDA受容体NR1サブユニットにおけるリン酸化が抑制される一方,非活動状態で行った不慣れな運動とそれに伴う筋損傷によりPKAを介してNMDA受容体NRIサブユニットのリン酸化が促通された。NR1リン酸化の増強は侵害受容ニューロンの興奮性を高め痛覚過敏や痛みを生じさせる。一方,定期的な運動や身体活動はRVMでのメチオニンエンケファリン放出を増加させ,鎮痛をもたらす中枢のオピオイド受容体に作用する。侵害受容ニューロンのμ受容体が活性化することで,cAMP-PKA系の活動が抑制され,NR1のリン酸化が抑えられる(下図シェーマ)。このように,普段から定期的に身体活動を行うことで,細胞の興奮性を低下させるオピオイド系の活性が増加し,NR1リン酸化が抑制され,不慣れな運動による痛み(運動導入時の痛み)や慢性筋痛を予防すると考えられる。定期的な身体活動を行っていれば神経系は正常に保たれ,逆に,非活動状態では神経系は異常な状態におかれていることが推測される。さらに,非活動的なライフスタイルや運動不足(不活発状態)は慢性痛発症のリスクファクターとなることが示唆される。
コメント
普段の生活で行う運動や活動が中枢神経系における内因性オピオイド鎮痛系を正常に保ち,痛みに強いからだと脳を作ることができるかもしれない。逆に,不活発状態や運動不足は内因性鎮痛機能を脆弱にし,損傷や炎症を起こさないような運動であったとしても運動痛を引き起こしやすく,運動導入の障壁となりやすい。本論文は,慢性痛患者の運動導入時のExercise-induced painの発生機序の一説として有益である。
ホームページ担当委員:松原 貴子