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2018-12-10

Topic No.143
痛みの破局化スケール(ユーザーズマニュアル)

The Pain Catastrophizing Scale
Michael JL Sullivan, PhD

 

要約

はじめに:
私の「片頭痛」は自分の考えを風のように散乱させ、怒りを誘発し、神経機能を低下させ、記憶障害を引き起こす、世界で最悪の苦痛症状である。従って私は、ソファに横たわり、ただアルコールの臭いを嗅いでこの痛み鈍くすることしかできない。

モーパッサンの言葉は、彼の痛みの苦痛、彼の精神的苦痛、そして痛みが彼の人生にもたらす障害を示しており、痛みに圧倒され、痛みに対する無力感を表現している。そして彼は痛みに降伏し、それをつや消しの化学的手段を求めている。今日、痛みの精神・心理学の専門家は、モーパッサンの「痛みの破局的思考」は、彼が経験する痛みの強度を高める役割を果たしていると考えるだろう。

痛みの破局化のエッセンスを把握するためには、以下の4つの文献に目を通すことをお勧めする。
1.Chaves JF, Brown JM. Spontaneous cognitive strategies for the control of clinical pain and stress. J Behav Med. 1987 Jun;10(3):263-76.
2.Spanos NP, Radtke-Bodorik HL, Ferguson JD, Jones B. The effects of hypnotic susceptibility, suggestions for analgesia, and the utilization of cognitive strategies on the reduction of pain. J Abnorm Psychol. 1979 Jun;88(3):282-92.
3.Rosenstiel AK, Keefe FJ. The use of coping strategies in chronic low back pain patients: relationship to patient characteristics and current adjustment. Pain. 1983 Sep;17(1):33-44.
4.Sullivan MJ, Bishop S, Pivik J. The Pain Catastrophizing Scale:Development and validation. Psychol Assess 1995, 7: 524-532.
1995年、私たちの研究グループは、これまでの知見から、痛みの破局化スケール(以下:PCS)を13個の質問項目(最小値0、最高値52)にまとめ、それを1評価ツールとする開発を行った。その結果、破局化を3つの要因、すなわち「反芻」(:自分自身の体が傷ついているという考えをやめられない)、「拡大視」(:何か重大な悪いことが起こるのではないかと心配だ)、「無力感」(:痛みは恐ろしく、圧倒されてしまう)の3つのサブスケールに分けて評価することに至っている。
これらのサブスケールの質問間の内的整合性をクローンバックαで分析した結果は、「反芻」(α:0.87)、「拡大視」(α:0.66)、「無力感」(α:0.78)であり、これらの信頼性が確認されている。

○PCSの解釈
ノバスコシア州の労働災害者851名(男性438名、助成413名)に対して、PCSアンケート調査を行った。対象のうち75%が腰部障害者であった。
PCSスコア平均値は20.9、SD:12.5、中央値は20、最大値50、最小値0であった。スコアは正規分布を示していたので、このスコアは個人差を反映するものとして妥当であると考えられる。
PCSの臨床的意義のあるカットオフ値を設定することは重要であり、これまでの調査から30点をカットオフ値として考えている。慢性痛患者に対する調査でPCS30点以上のものは全体の75%タイル(全体の四分の一)に該当した。なおこれらの者を調査した結果
なお、上記労働災害者に対して、PCS30点以上のもの(全体の75%タイル)を調査した結果
・70%のものは、1年後も休職を続けていた。
・70%のものは、職場復帰することが出来ないと考えていた。
・66%のものが、Beckうつ尺度で中等度以上のうつ状態に該当した。

○PCSの臨床的意義
近年の研究により、破局的思考は痛みの慢性化の重要因子であることが明らかとなっている。言い換えれば、破局的思考は、感じる痛みのレベルや精神的苦痛だけでなく、将来にわたる痛みの持続に関与することが示されている。
University of Washingtonグループの調査では、PCSは、術後の痛みの程度や機能障害の程度の予測因子であることが報告されている(Pavlin et al, 2004)。またDalhousie Universityグループは、人工膝関節手術を行った55名のPCSを調査し、2年間追跡し84%からの回答をえた結果、PCSは、2年後の痛みの残存や痛みの程度の予測因子となったことを報告している(Forsythe et al. 2008)。また、痛み無いものについても、PCSスコアが高いと、将来腰痛になりやすく、その腰痛が慢性化しやすくなることが報告されている(Picavet et al. 2002)。これらの研究結果は、PCS高値の者の破局的思考が是正されれば、将来の痛みの慢性化や機能障害が軽減される可能性を示唆している。
最近の研究結果によると、PCSスクリーニングで75%タイル以下でも、50%タイル以上のもの(ここではPCS20点以上)は、痛みの慢性化に対して中等度のリスクであることが指摘されている。

○PCSと痛み関連アウトカム
PCS高値のものは、訴える痛みの程度が高く、(Sullivan et al., 1995, 2006)、うつや不安感が強く(Keefe et al.1989; Martin et al.1996)、疼痛行動を起こして機能障害を訴えやすく(Sullivan et al.1998,2000,2006; Keefe et al.2000; Sullivan and Stanish 2003)、除痛薬を消費しやすく(Bedard et al.1997; Jacobsen and Butler 1996)、入院が長引きやすくなる(Gil et al. 1992)。これまで(2009年現在)、痛みと破局的思考の関連を示した600を超える報告があり、これらの有意な関連が示されている。例えば、関節リウマチ(Keefe et al., 1989)、変形性関節症 (Keefe et al., 1997)、線維筋痛症 (Martin et al., 1996)、鎌形赤血球症 (Gil et al., 1992)、軟部組織損傷 (Sullivan et al., 1998; Sullivan and Stanish, 2003)、神経障害性疼痛(Sullivan et al., 2005)、歯原性疼痛(Sullivan & Neish,1999)、術後痛(Jacobsen & Butler, 1996)において、PCSと痛み関連アウトカムの関連が認められている。またこの関連は、7歳の子供にまでも該当することが指摘されている(Crombez et al. 2002; Gil et al. 1993)。一方PCSの低下は、将来の痛みや機能障害を低下させることが、前向き研究から報告されている(Sullivan et al. 2006; Adams et al.2007)。

○PCSの理論とメカニズム
心理学領域において、いつごろ破局化という言葉が使われ始めたかは定かではないが、1960年代には、うつを伴った極度の負の感情に対して、「破局化」という言葉が使用されている。例えば、Beckは「破局化」を認知の歪みとして捉え、うつ症状の悪化につながる原因として指摘している。また様々な不安障害に対しても、「破局化」という言葉が使われている(Beck and Emery 1985)。これらの本質的な部分については、痛み領域で使われる意義と類似している点が多いものの(Turner and Aaron 2001)、全く同じではないと考えている。つまり、Beckらは破局化についてより病理学的要素に近いものと捉えているのに対して、我々は、ある一定の個人の痛みに対しては対応可能な要素と考えている。
PCSの理論モデルとしては、以下の項目のものがあげられる。
・うつの際にみられる思考機能不全と比較されるような歪んだ認知のBeckian model
・痛みをより脅威的なものと捉えて、誇張された感覚とするAppraisal model
・他者からの社会的サポートを引き出そうとするようなCoping model
もし、破局化をBeckian modelで説明されうるような「認知の歪み」として捉える場合は、その介入はうつ治療に準じた方法で行う。Appraisal modelとして捉える場合は、痛みへの注意へ、脅威の感覚、痛みが強くなる予期、などへの介入することがコーピング法として重要となる。Coping modelは、破局化に立ち向かう方法と捉えられがちだが、実は、社会的サポートを引き出そうとする手段の一つだという示唆がある(Sullivan et al. 2001)。我々は、破局化が痛みの苦痛に対処する「communal approach」(社会的存在)を表すのではないかと提案した。このモデルは、多くの痛みの経験する場合だけなく、破局化が強い場合に、よく観察される現象だということから提唱されている。例えば、顔をしかめたり、大声で喚いたりするような痛み行動は、社会においてより多くの人の注意を惹くだろうと考えられる。つまり破局化が強いものは、この「communal approach」を好む、言い換えれば、他の人がいると自らの苦痛を表現しやすくなる、とうことであろう。慢性痛において、苦痛が長引けば、社会的サポートも少なくなっている。そしてその結果、社会的疎外感をうけて「うつ」へとつながる。

○注意の役割
痛みへの注意は、アウトカムによく関連することが知られている。特にサブスケールの項である「反芻」の要素が高いと、痛みの改善が乏しいというエビデンスがある。我々の調査によると、歯科での歯肉の処置の際に「反芻」の要素だけが、感じる痛みの程度に関連することが知られており、軟部組織の損傷の際でも「反芻」の要素が悪いと、将来痛みに伴う機能障害のリスクがあがる。
近年の脳機能画像では、破局化が強い人は、痛みを感じている間に注意に関する神経活動がより強くなることが報告されている (Gracely et al., 2004; Seminowitz et al., 2006)。実際、痛刺激への注意が強いと、脳内における神経活動が高くなる(Eccleson and Crombez,1999)。マギル大学の研究者たちは、痛みを感じる脳内神経機構(Pain matrix)を解明されてきているものの、そのPain matrixは、痛みの慢性化や個人の経験に伴い変化すると考えている。特にこれらの変化は、前頭前野や前帯状回、視床レベルで生じるのではないかと推察している(Bushnell et al. 2004; Derbyshire et al. 1997; Peyron et al. 2000)。特に、破局化が強いケースだと、痛刺激を受けると、注意に関する神経ネットワークである背側前頭前野や前帯状回、下側頭葉の神経活動が亢進しやすい(Gracely et al. 2004; Seminowicz and Davis 2006)。

○情動の役割
痛みと、恐怖感やうつとの関連を調査した多くの研究報告がある。研究結果は基本的に一貫しており、破局化の程度は、うつの程度や不安や恐怖感と有意に関連することが報告されている(Borsbo et al. 2008; Drahovzal et al. 2006; Edwards et al. 2006a; Edwards et al. 2006b; Leeuw et al. 2007)。Kneefらは、痛みの破局化が強い関節症患者では、将来うつになりやすいことを報告している。
一方で、女性の関節症患者におけるうつの程度が、将来の痛みの程度に関連すること(Smith and Zautra 2008)や、筋骨格系慢性痛のリスクを上げることが報告されている(Carroll et al. 2004)。一方、これらのネガティブな感情がその人の特性として痛みのアウトカムに影響を及ぼすものと考えているが、これらのネガティブ感情は時と場合により違った影響を及ぼすという報告もある。Meagherらは、実験的な痛刺激を行う際に、前もって被検者に情動的なスライドを提供しておくと、痛みの感じ方が減ることを報告している。つまり、その人の特性によるネガティブ情動は、ケーズバイケースでみられるネガティブ情動とは同じとは言えないと考えられる。
脳機能イメージング研究では、痛みに伴う不快感は、前帯状回及び島領域(双方とも辺縁系の一部)の神経活動を活発化させることが知られており、情動要素が高まることで、痛みそのものを強く感じことが知られていている(Apkarian et al. 2005)。また破局化が強いと、痛刺激に対する前頭前野、前帯状回及び島領域、海馬の一部の神経活動が亢進することを報告されているが(Seminowicz and Davis 2006)、これらの神経領域はネガティブ感情に関連することが報告されており、つまり、破局化と痛みの不快情動の神経領域は一部オーバーラップしているものと考えられる。

○介入の意義
これまで、痛みの破局化思考が患者アウトカムに影響を与えることを示してきたが、破局化は介入により改善されることが示されている(Keefe et al.2005; Sullivan et al.2005a)。なんらかの介入のない場合、破局化の特性はあまり変化しないのではないかと報告はるものの、一般的には、慢性痛への適切な介入を行うことで、破局化傾向が低下することが知られており、また、破局化の低下が慢性痛治療の重要因子であると考えられている(Jensen et al.2001; Spinhoven et al.2004; Sullivan et al.2005b; Smeets et al.2006)。
一方で、これらの調査の背景として、患者の慢性痛の期間の程度や、個々の重症度、介入期間の長さ、保険の適応範囲、何をアウトカムにするかなどの様々な要素が、破局化自体に影響しているものと考えられ、これはLimitationとなる。
近年、認知行動療法を基盤としたマネジメントプロフラムが報告されてきており、痛みの軽減とともに、機能障害や復職率の改善など一定の成果がみられている(Linton, 2002; Linton & Andersson, 2000; Linton & Ryberg, 2001)。我々の施設でも、認知行動療法を基盤とした10週間のマネジメントプロフラムを行っているが、Baselineにおける破局化の程度やKinesiophobiaの強いものは復職率が低くなる傾向にあり、破局化の改善は、復職率の改善とも関連していた。つまり破局化思考を改善させるだけでも、良いアウトカムが得られることを示唆している。

コメント

近年、慢性痛への介入として集学的治療法が世界各国で普及し始めており、本邦でもこのような取り組みが行われてきている。我々の施設でも慢性痛患者への集学的アプローチを行い、患者満足度に影響する因子をついて重回帰分析で調査した結果、最も関連するのは主観的な痛みの数値の軽減ではなく、破局化スコアの改善であった。

ホームページ担当委員:池本 竜則