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2018-12-13

Topic No.168
人工関節置換術後の慢性痛 IASP clinical update

Chronic Postoperative Pain After Joint Replacement
Petersen. K, Arendt-Nielsen L

 

要約

はじめに:
人工関節置換術は、変形性膝関節症末期患者に対して、痛みと機能障害を改善させる確立された治療法である。
アメリカの人口10万人に対する1年間あたりの人工関節実施状況は、人工膝関節置換術(TKA)は、1971-76で31.2人に対して、2005-2008年は220.9人へ、また人工股関節置換術(TKA)は、1969-72年には50.2人に対して、2005-2008年は145.5人へと大きく増加している。 このような実施状況が続くこと、2030年には、THAでさらに2倍、TKAでは7倍の増加が見込まれている。
一方、おおよそTKA20%、THAで10%の割合の術後の痛みが残存し、術後慢性痛へ伸展することが知られている。

背景:
○関節痛のメカニズム
関節痛は、関節内に存在する侵害受容器の存在をもとの考えられる。一般的には、関節内の脂肪組織、軟骨下骨、骨膜、滑膜に侵害受容器は存在し、正常軟骨組織には侵害受容器は存在しない。また骨髄病変はしばしば痛み症状と関連することが知られている。また関節内の炎症が長引くと、末梢あるいは中枢性の感作が生じ、より広範囲の痛みを感じるようになると考えられている。

結果:
○術後慢性痛の関連因子
術後慢性痛の関連因子として、術前の痛みの強さ、痛みの感作、多関節の変形性関節症、合併症、痛みの破局的思考、遺伝要因、炎症程度、以前の手術歴などが知られている。

1)術前及び術後の痛みの強さ
術前の痛みの強さが、術後慢性痛と関連することが知られており、また術後1週間の痛みの強さが、中等度から耐えがたい場合は、軽度の痛みに対して、3-10倍の慢性痛のリスク因子になるといわれている。近年の二つの研究により、術前の痛みの広がりとTKAまたはTHA術後慢性痛との関連が報告されている。
また、痛みの感受性が術後の痛みの残存に関係すると考えられており、その測定方法の一つである定量的感覚検査(QST)により、術前の全身的な痛み閾値の低さと人工関節術後の慢性痛との関連性が指摘されている。その他に、刺激の時間的加重に伴う痛みの感受性の違いが、人工関節術後の慢性痛と関連することが報告されており、さらに痛みの中枢調節機構(CPM)の機能不全が人工膝関節術後の慢性痛と関連することが報告されている。

2)多関節障害
変形性関節症は、加齢とともに、しばしば多関節に生じることが知られているが、罹患関節が多い場合は、人工関節術後の痛みが生じやすいことが報告されている。

3)合併症
線維筋痛症やⅡ型糖尿病を合併している場合は、人工関節術後の痛みが生じやすいことが報告されている。

4)破局的思考とコーピングスタイル
痛みの破局的思考が強い場合やセルフコーピング能力が低い場合は、人工関節術後の痛みが生じやすいことが報告されている。

5)遺伝要因
COMT(catechol-O-methyltransferase)遺伝子が変形性股関節症の痛みの程度と関連することが報告されており、またIL-6をコーディングする遺伝子が人工関股関節術後の骨融解に関連することが知られている。

6)炎症強度
外傷に附随する局所炎症が、IL-1β、IL-6、IL-8やTNF-αなどの症性サイトカインを惹起させることが知られているが、近年の研究により、術前の関節滑膜液中のIL-6やTNF-α、MMP-13濃度が、術後鎮痛不全と関連することが報告されている。

7)多回数手術
変形性膝関節症の軟部組織障害に対する関節鏡手術は、明らかな治療効果が証明されていない。一般的に、複数回の手術回数は術後慢性痛の危険因子であると考えられているが、膝関節鏡手術歴と人工関節術後の慢性痛との関連性は証明されていない。一方、人工関節術後の再手術は、術後慢性痛のリスク因子であると報告されている。

8)化膿性関節炎
人工関節に伴う化膿性関節炎の頻度は、1-2%と稀ではあるものの、術後の痛みの遷延や生活の質の低下、再感染率の上昇に対する危険因子である。化膿性関節炎へのリスク因子として、BMI:30以上、糖尿病、うつ病、ステロイドなどが知られている。

○予測因子への介入
術後早期回復を促すプログラム(First-track Surgery)(No.32)や、術前からの十分な鎮痛により術後慢性痛のリスクが軽減されるのではないかと考えられているものの、明確なエビデンスは乏しい。
これまで列挙してきた術後慢性痛のリスク因子の根拠に基づくと、術前に痛みの感受性を下げておけば、術後慢性痛のリスクを軽減できると推察されるが、今のところ本仮説を証明する報告は見られていない。

コメント

筋骨格系の痛みは慢性化しやすいことが知られており、中でも加齢に伴う変形性関節症の症状の解決法の一つとして人工関節手術という方法がある。人工関節手術は、概して「成績はよい」といえるものの、万能ではなく、ある一定の頻度で慢性痛に陥ることが知られている。
列挙されたリスク因子も互いに関連しあっていることが予測されるが、関連因子に対する丁寧な対処法及びその評価により、より良い成績が得られるものと期待している。

ホームページ担当委員:池本 竜則