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2018-12-13

Topic No.171
急性期の非特異的腰痛に対する早期の理学療法は費用対効果が高い介入手段である

Cost-Effectiveness of Primary Care Management With or Without Early Physical Therapy for Acute Low Back Pain
Fritz JM, et al. Spine 2017; 42: 285-90

要約

背景/目的:
プライマリーケアにおいて腰痛はもっとも一般的で費用のかかる病態である。急性腰痛に対する早期の理学療法による臨床的な改善は大きくはないが、その費用対効果は不明である。急性腰痛に対する一般的なプライマリーケアにおいて、早期の理学療法による介入をするかどうかで費用および費用対効果の違いを比較する。

方法:
プライマリーケア医を受診した急性期の非特異的腰痛患者を対象にした無作為化臨床試験で経済学的評価をした。どの患者も通常のプライマリーケアと教育を受けた上で、無作為に4セッションの理学療法を受けるグループと受けないグループに分けられた。18歳から60歳までの発症16日未満の腰痛患者220人が研究に参加した。レッドフラッグおよび神経根の圧迫所見を有する患者は除外された。EuroQol 5 Dimension(EQ-5D)を治療開始前と1年後で測定し、質調整生存年(quality adjusted life year: QALY)が計算された。医療費や薬品代などの直接費用と生産性の低下および欠勤・休職などにより失われた間接費用を月ごとに計算し、標準化した。増分費用対効果(incremental cost-effective ratio: ICER)は総費用の増加分をQALYの増加分で割ることで算出した。

結果:
急性腰痛に対する発症早期の理学療法は1年間でかかる全体の費用を有意に増加させた(p=0.005)。費用の増加分は平均で$580、95%信頼区間は$175と$980であった。一方でQOLを有意に上昇させた(p=0.008)。QALYの増加分は平均で0.02、95%信頼区間は0.005と0.35であった。ブートストラップ法で計算されたICERは1QALYあたり$32,056(95%信頼区間は$10,629と$151,161)であった。ICERが$50,000未満に収まる確率は79.5%で、$100,000未満に収まる確率は94.8%であった。

結論:
急性期の非特異的腰痛患者に対して早期理学療法は一般的なプライマリーケアよりも高い費用対効果をもつ。

コメント

限りある医療資源を有効活用するという観点から、医療的介入の是非をめぐってはその介入手段の費用対効果を指標の一つとして計算するべきである。たとえ効果の大きい医療手段であっても、莫大な費用がかかるのであれば、費用対効果は小さく優先順位は低くなる。一方で、効果は小さくても低い費用で導入できるのであれば、現実的な介入手段として考慮されるべきである。費用は治療に要する直接費用だけでなく、疾病により失った本来得られたはずの機会費用を間接費用として計上する必要がある。一方で、得られる効果については「死亡率の改善」だけでなく、「どれだけ生活の質(quality of life: QOL)を改善させたか」も考慮されるべきであり、本研究ではその指標としてQALYが利用された。QALYはQOLを1年間で積分した値に相当し、まったく健康な状態で1年間を過ごした場合はQALYが1になる。腰痛でQOLが一時的に下がったとしても、すぐに改善すればQALYの低下はほとんどないが、慢性化してQOLの低下が長引いてしまった場合は大きくQALYが低下することになる。
本研究では早期の理学療法によりQALYが0.02改善することが示されたが、これだけではインパクトの大きい介入手段とはいえない。そこで、費用の増加分をQALYの増加分で除して得られたICERという指標を1QALY分の支払い意志額(willingness to pay: WTP)と比較して早期理学療法の妥当性を検討している。推定モデルの不確実性を考慮したブートストラップ法による感度分析により、特定のWTP以内にICERが収まる確率を算出している。この時用いられた$50,000というWTPの値は、Neumannら(NEJM, 2014)が1QALYに相当するWTPとしてかなり低い額であると結論づけており、$100,000も同時に参考にすべき金額であると述べている。したがって、本研究で得られたICERは十分に低く、早期理学療法の費用対効果は高いと結論付けられた。
今後、本邦において痛み医療を拡充するにあたって、各介入手段に優先順位を設けることは戦略として必要であると認識している。医療環境の違いから、本研究の結果をそのまま本邦に当てはめることはできないが、痛み医療の拡充にかんして具体的に戦略をたてる際には、本研究が大いに参考になるはずである。

ホームページ担当委員:若泉 謙太